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・オリバー・ロッジ


わ行
テスラ小事典
Small Encyclopedia of Nikola Tesla
最終更新日: 2012年5月3日

∇新規追加項目
  マーガレット・チェニー、ブライアン・オールディス、クリストファー・ノーラン、イーロン・マスク、テスラモーターズフランク・R・パウルチャールズ・ホールデビッド・ボウイチャールズ・バチェラーオリバー・ロッジアインシュタイン

∇改訂項目
殺人光線ヒューゴー・ガーンズバック木村駿吉レジナルド・フェッセンデン


    あ行

  • アルベルト・アインシュタイン
    Albert Einstein
    1879-1955
    ドイツ生まれの物理学者


     1905年、25歳で「光量子仮説」「ブラウン運動理論」「特殊相対性理論」を発表、世界の物理学者を驚かせた。1916年には「一般相対性理論」を完成させた。1919年の皆既日食の際にアインシュタインの予言通り光が湾曲するのが観測され、一般相対性理論の正しさが証明された。他にも数多くの業績を残し、20世紀最高の物理学者と称されている。
     テスラは相対性理論には根本的な欠陥があるとして、それに代わる新しい重力理論を提出しようとしたが果たせなかった。1921年、アインシュタインが渡米した折りにふたりは出会い、スタインメッツも混じった記念写真を残している。テスラの75歳の誕生日にはアインシュタインから祝福のメッセージが寄せられた。


  • E.F.W.アレクサンダーソン
    Ernst F.W. Alexanderson
    1878-1975
    アメリカの電気工学者


     スウェーデンに生まれ、のちアメリカにわたってGEの技術者となった。テスラ、フェッセンデンの高周波発電機を改良、持続的・安定的な高周波の発振に成功。これにより長距離無線電話やラジオの基本技術に貢献した。
     ほかにも電気・電子工学の分野で幅広く活躍し、生涯の特許取得は300件以上に及んだ。


  • ジョージ・ウェスティングハウス
    George Westinghouse
    1846-1914
    アメリカの発明家、企業家


     鉄道車両用のエア・ブレーキを発明。鉄道におけるスティーヴンソン以来最も重要な発明と称賛された。これを基礎に企業家として出発、のち電気技術に転じて、交流送配電の先駆者となった。生涯に獲得した特許は400に及ぶ。
     交流の送配電網の建設を進めていたウェスティングハウスは、成功の鍵がテスラの交流システムにあることを知り、高額で特許を取得。エジソンの直流システムに対抗して、「電流戦争」に勝利した。
     現在の全米屈指の電機メーカー、ウェスティングハウス電機会社は彼が設立した会社の後身にあたる。


  • ウォルドーフアストリア・ホテル
    The Waldorf-Astoria
    アメリカの名門ホテル


     1897年、ウィリアム・ウォルドーフ・アスターがニューヨーク5番街に開業した名門ホテル。ウィリアムはテスラの友人で後援者のジョン・ジェイコブズ・アスターJr.の息子。その関係もあってテスラは1897年から1920年にかけてここを自宅とした。1931年、このホテルの跡地に建設されたのが、有名なエンパイア・ステート・ビルディングである。

  • トーマス・エジソン
    Thomas Edison
    1847-1931
    アメリカの発明家


     白熱電球、蓄音器、直流送配電システム、電気鉄道、キネトスコープなど、数々の発明を行い、「発明王」と称されている。
     1884年、アメリカにわたったテスラはエジソンのもとで助手として働いたことがある。しかし直流システムを主張するエジソンと意見が合わずに退社。その後、ウェスチングハウスと組んでエジソンに対抗、交流システムの実用化に成功した。エジソンとテスラという二大発明家の熾烈なライバル関係は、科学史、発明史を彩るエピソードして長く語り継がれている。


  • X線
    X-ray
    レントゲンの発見した放射線


     1895年、ドイツの医学者ウィルヘルム・レントゲンは「新種の放射線」を発見、未知という意味の「X」からとってX線と命名した。これに刺激を受けたテスラは研究所の放射線装置を使ってX線写真を撮影、レントゲンに送った。これに対しレントゲンからは「この写真はきわめて興味深いものです。できれば撮影方法を公開していただけるとありがたいのですが」という礼状がとどいた。
     アメリカ最初のレントゲン写真撮影者はテスラだったという説もある。


  • オウム真理教
    Aum cult
    日本のカルト教団


     1995年3月、地下鉄サリン事件で世界を震撼させたカルト教団オウム真理教は、テスラのアイデアにヒントを得て、大量殺戮兵器の開発をもくろんだ。その内容はテスラ・シールド、電磁波兵器、プラズマ兵器などで、幸いにも実用化にはいたらなかった。
     また、教団は教祖麻原彰晃が同年1月の阪神大震災を予言していたとし、それが大国の地震兵器によって引き起こされた人工地震である可能性を示唆した。さらに、その開発者としてテスラの名を挙げた。
     テスラとオウムを結び付けた中心人物は科学技術省大臣村井秀夫と見られているが、建設省大臣早川紀代秀や諜報省大臣井上嘉浩なども関わっていたとされている。
     サリン事件の直前、ニコラ・テスラ協会を名乗る信者6人がベオグラードのテスラ博物館にあらわれたことで、彼らの関心が明らかになった。


  • ジョン・J・オニール
    John J. O'neill
    1889〜1953
    テスラの伝記作者


     印刷業者、電気工学者、リポーター、編集者など多彩な職をへながら、ジャーナリストとして活躍。1937年、ピュリッツァー賞受賞。晩年のテスラと交遊を深め、テスラの死の翌年、テスラの初の伝記となる「有り余る天才:ニコラ・テスラの生涯」を刊行した。
     この伝記はテスラ再評価のきっかけをつくったが、反面、各所に散りばめられた神秘主義的なエピソードによってオカルト的なテスラ伝説の温床となったという批判もある。




    か行

  • ヒューゴー・ガーンズバック
    Hugo Gernsback
    1884〜1967
    アメリカのSF作家、編集者。


     ルクセンブルグに生まれ、のち渡米して、無線の通販業者、雑誌編集者として成功する。1926年、世界最初のSF専門誌「アメージング・ストーリーズ」を創刊、「アメリカSFの父」と呼ばれるようになる。
     テスラを終生敬愛し、次のような熱烈な賛辞を残している。
    「もし真に発明した人間をあげるなら、言い替えればーー他の人間によってすでに発明されていたものをたんに改良しただけでなくーー発明し、発見した人間をあげるなら、疑いなく、ニコラ・テスラは現代最大の、いや歴史上最大の発明家である……彼の革新的であるばかりでなく基本的な発見は、きわめて大胆で、知的世界の歴史においてこれに比肩しうるものはない」
     テスラの死後、ガーンズバックは業者にデスマスクを制作させ、それを自分のオフィスに飾った。現在、このデスマスクはベオグラードのテスラ博物館に展示されている。


  • 木村駿吉
    Kimura Syunkichi
    1866-1938
    電気工学者


     東京帝国大学を卒業後、アメリカに留学して、ハーバード大学とエール大学で学ぶ。帰国後は二高(現東北大学)の物理学教授から海軍大学校教授になり、無線機の開発に従事した。日本海海戦を勝利に導いた有名な「敵艦見ユ」の電信は、彼が製作した三六式無線機による。
     1902年、無線電信調査委員会の一員として、外波内蔵吉海軍少佐とともにテスラの研究所を訪れ、テスラと会見した数少ない日本人のひとりとなった。
     父は「咸臨丸」で勝海舟、福沢諭吉らと渡米した軍艦奉行木村摂津守喜毅。兄は日清戦争の黄海海戦で活躍した海軍少将木村浩吉。


  • グラム機
    Gramme's machine
    Z・T・グラムの発明した直流発電機


     ベルギーの技術者Z・T・グラムは1870年、実用的な直流発電機を製作した。小型で効率のよいこの発電機は広く普及した。
     グラムの発電機には電気工学史上の有名なエピソードがある。1873年、ウィーンの博覧会に出品された際、配線を間違えて他の発電機からの電流がこの発電機に流れ込んだ。すると発電機が勢いよく回転し始めたのである。これをきっかけに、発電機がモーターとして使えることがわかり、以後の電力技術発展に大きく貢献した。
     グラーツの工科大学時代、物理の授業でこの機械のデモンストレーションを見たテスラは、整流子から出る火花をなくせないかと考え、交流機械の発想をえた。彼が回転磁界のアイデアをえて、交流誘導モーターを発明するのはそれから約5年半後のことである。


  • ケルヴィン卿
    Lord Kelvin(William Thomson)
    1824-1907
    イギリスの物理学者

     本名ウィリアム・トムソン。初代ケルヴィン男爵。10歳でグラスゴー大学に入学した神童。科学とその技術的応用全般について大きな業績を残した。
     とくにジュール=トムソン効果や絶対温度の概念の導入など、熱力学の開拓に大きく貢献した。絶対温度をあらわす単位ケルビン(k)は彼にちなんでつけられた。
     古典物理学の孤塁を守って生涯をまっとうしたことでも知られる。
     大気上層の伝導層に関する予言や、振動回路の理論的研究など、テスラと関わりの深い業績も多い。テスラの理解者のひとりでもあり、テスラが火星からの通信電波を受信したと発表して、科学界の批判を浴びたときも彼だけは好意的だった。


  • 高周波発電機
    high-frequency alternator
    高周波を発生させる交流発電機


     テスラは1890年、384個の界磁コイルを持ち、約2万ヘルツの高周波交流を発生させる発電機を開発した。これによって無線に関する先駆的実験が可能になった。
     フェッセンデンやアレクサンダーソンによって実用化された無線電話やラジオ放送には、テスラの高周波発電機の改良型が使われた。




    さ行

  • 殺人光線
    death ray
    電磁波や光線を利用した殺傷兵器


     光、電磁波、電光などを使って、人を殺傷する光線兵器の可能性は、1920年代半ばに英米の研究者が言及し始めたが、その基盤技術はテスラの高周波の研究にあったと考えられている。
     テスラ自身は1930年代に「顕微鏡的次元の粒子」を「髪の毛より細い流れ」にして投射する強力な光線について言及、これによって、「大国、小国を問わずあらゆる国を、軍隊や、航空機その他の攻撃手段から難攻不落」にし、「二〇〇マイル以内に近づいたものは、人であれ機械であれ、あらゆるものを破壊」しうるとした。これが後世に、テスラの殺人光線として伝説化されたのである。
     しかし現代の研究者はそのアイデアをいわゆる殺人光線ではなく、荷電粒子ビームを使ったエネルギー兵器の一種だとみなしている。


  • ジアテルミー
    diathermy
    高周波療法の一種


     高周波の熱作用を利用した理学療法の一種。1890年代のテスラの高周波研究とそれに基づいてフランスなどで提案された高周波療法が基礎になっている。
     1930年代に欧米でブームになり、現在でも慢性関節症、腰痛、神経痛、筋肉痛などの治療や美容治療として広く使われている。


  • キャサリン・ジョンソン
    Katharine Jhonson
    テスラの友人


     テスラの親友で雑誌編集者のロバート・アンダーウッド・ジョンソンの妻。夫ともにテスラと長年親交を結んだ。キャサリンがテスラに宛てた書簡からはテスラに対するプラトニックな愛情が感じとれる。

  • 垂直離着陸機
    aircraft.jpg(59671 byte)vertical takeoff and landing aircraft
    垂直に離着陸できる航空機

     1928年、テスラは"flying flivver"と名づけられた航空機の特許を取得した。
     これは機首を頭に垂直に立った姿勢から離陸、垂直に上昇したのち機体ごと回転して水平飛行に移るもので、1950年代にアメリカ海軍が開発した垂直離着陸機ロッキードXFVやコンベアXFY-1などに影響を与えたと見られている。これがテスラ最後の発明となった。





    た行

  • テスラ
    tesla
    磁束密度をあらわす国際単位系

     1960年の国際会議で採択されたMKS(メートル・キログラム・秒)単位系にもとづく磁束密度の単位。テスラにちなんでつけられた。単位記号はT。1T=1Wb/u。CGS電磁単位系のガウス(G)との関係は、1Gが10のマイナス4乗T。

  • ダーネ・テスラ
    Dane Tesla
    テスラの兄

     テスラの回想によれば、長兄のダーネはすべての点において秀でた神童で、一家の希望の星だったという。しかし、ダーネは一家に飼われていた馬に蹴られた傷がもとで、12歳の若さで亡くなった。この兄の死はテスラにとって大きなトラウマになり、以後の人生を決定づけたとされている。
     兄の才能を引継ぎ、それを上回ることによって両親に自分の存在を認めさせたい。その欲求によって発明に駆り立てられたテスラは、同時に兄の死の原因が自分にあったのではないかという強迫観念に終生悩まされつづけた。

    big teslacoil
    テスラ博物館の
    巨大テスラコイル
  • テスラコイル
    Tesla Coil
    高周波共振変圧器

     一次コイルと二次コイルの共振を利用して高周波高電圧を発生させる変圧器。テスラの無線システムや「世界システム」の中核となる発明で、初期の無線機の発振回路にも使われていた。その後、真空管にとってかわられたが、現在でも碍子(がいし)の絶縁試験などに使用されているほか、近年では小型のものが液晶のバックライトに応用されている。
     映画の特殊効果、ステージ用の特殊照明装置、実験教育のアイテムなどにも利用されている。
     雷の放電に似たスペクタクルな電光は、テスラの神秘的な生涯と重なり、テスラ研究者・愛好家にとって特別な存在となっている


  • テスラ博物館
    Tesla Museum
    テスラの遺品、論文などを集めた博物館

     1952年、テスラの業績を記念して、旧ユーゴスラヴィアの首都ベオグラードに設立された博物館。収蔵資料はテスラの死後、彼の親戚である駐米大使サワ・コサノヴィチによって旧ユーゴスラヴィアに送られた遺品、発明品、論文などが中心である。1956年からは一般公開されている。
     コロラドスプリングスの実験ノートの刊行など重要な仕事も多いが、予算や人員の関係で未整理の資料も多い。


  • テスラモーターズ
    Tesla Motors, Inc.
    アメリカの電気自動車メーカー


     アメリカのシリコンバレーに本拠を置く電気自動車メーカー。2003年に設立。2008年から高性能電気自動車「テスラロードスター」の販売を開始する。2010年には日本のトヨタ自動車と資本提携した。
     テスラロードスターの動力には交流誘導モーターが使われており、社名はその発明家にちなむことがホームページで公開されている。創業者のイーロン・マスク会長兼CEOも、ニコラ・テスラがいなければテスラモーターズもなかったと公言している。
     初期の出資者には、テスラ崇拝者として知られるラリー・ペイジ現グーグルCEOも名を連ねていた。


  • マーク・トウェイン
    Mark Twain
    1835-1910
    アメリカの作家

     本名サミュエル・ラングホーン・クレメンズ。ユーモア、皮肉などに彩られた風刺文学でアメリカ近代文学の先駈けとなる。トム・ソーヤ、ハックル・ベリー・フィンなどを主人公にした少年文学は世界的なベストセラーになった。
     テスラは若いころトウェイン文学の愛読者だった。またトウェインは晩年テスラの発明に関心を寄せ、マンハッタンの研究所をよく訪れては、実験を見学したり、装置を体験するのを楽しみしていた。




    な行

  • 二相誘導モーター
    two-phase electro-motor
    テスラが最初につくった交流モーター


     交流モーターの一タイプ。二相交流発電機によってつくられた90度の位相差をもつ交流を、二組のコイルを直角に交わらせた固定子に流して回転磁界をつくり、この磁界中に回転子を置いて回転力をえる。テスラが1882年に発見した回転磁界の原理を応用した最初の交流モーターである。
     1888年に特許取得。その後の多相交流システムの基礎を築いた。
     現在も工場の機械、ポンプ、冷蔵庫、エアコン、電車、電気自動車などの動力に、幅広く利用されている。




    は行

  • ハイパーサミア
    hyperthermia
    ガンの温熱療法のこと


     ガン細胞は正常細胞より熱に弱いことが知られている。この性質を利用してマイクロ波をガン組織に照射、加温して治療する物理療法の一種。外科療法、化学療法、放射線療法に続く第4のガン治療法として期待されている。
     テスラは1890年代初頭に高周波が生体に熱作用を起こすことを発見、これを治療に用いるよう提案した。


  • フランク・R・パウル
    Frank Rudolph Paul
    1884-1963
    アメリカのイラストレーター


     オーストリアのウィーン生まれ。ヒューゴー・ガーンズバックに見出され、彼の編集する無線誌やSF誌に未来イラストを数多く描き、初期のSFイメージの構築に貢献した。
     1910年代には、テスラに関する記事や自伝のイラストを担当、その後も、無線送電や無線エネルギーで駆動される飛翔体などのイメージを頻繁に登場させた。


  • チャールズ・バチェラー
    Charles Batchelor
    1845-1910
    アメリカの発明家・技術者


     イギリスに生まれ、織物機械の製造に携わる。その仕事の関係でエジソンと出会い、部下として働くようになる。実験と機械の取り扱いに抜群の才を発揮。1881年のパリ国際電気博覧会では展示を担当し、1200個の電球を点灯させた。その後もエジソンの右腕として研究所を支え、多くの発明にかかわった。
     テスラのパリ・エジソン社時代の上司で、テスラとエジソンが出会うきっかけをつくった。


  • ガリレオ・フェラリス
    Galileo Ferraris
    1847-1897
    イタリアの物理学者


     1885年、テスラとは別に回転磁界の原理を発見し、小型の二相交流電動機を製作したことにより、一時期、誘導モーターの発明者と目された。しかし、彼の装置は光学の原理を示すためのもので、誘導モーターの実用化を見据えたものではなかった。
     また、交流モーターの実用化に対する貢献はほとんど見られないため、現在ではテスラの発明と並べては論じられないと評価されている。


  • J・エドガー・フーバー
    J.Edgar Hoover
    1895-1926
    初代FBI長官


     1924年、初代FBI長官に就任。以後、50年近くにわたりFBIに君臨し、数々の政治事件や謀略に関わった。
     第二次世界大戦中はテスラの発明にも関心を持ち、エージェントに行動を監視させていた。テスラの死後は、倉庫に保管されていたテスラの論文を専門家に調査させ、報告させた。その調査ファイル(「テスラファイル」)は現在、情報自由法(FOIA)に基づいて公開されている。
     陰謀や謀略史観に基づくテスラ伝説をつくった張本人のひとりと目されている。


  • レジナルド・フェッセンデン
    Reginald Aubrey Fessenden
    1866-1932
    アメリカの電気工学者


     無線電話やラジオの実用化に大きく貢献し、テスラと並んでラジオの発明者のひとりと目されている。
     カナダに生まれ、アメリカに移って一時、エジソンの研究所で働いていた。ウェスティング社にも在籍し、1893年のシカゴ万国博覧会では、テスラの指導の下、照明展示を担当した。
     テスラの音声通信に関する研究を受け継ぎ、1900年、高周波火花発信機を使って、世界最初の音声通信実験に成功した。その後、テスラが開発した高周波交流発電機の改良に着手、アレクサンダーソンの協力もえて、音声通信を可能にする大出力送信機を完成させた。1906年には世界初の無線による音声および音楽の送信実験に成功した。


  • ブレードレス・タービン
    bladeless turbine
    テスラが開発した独自な構造のタービン


    turbine 数枚から十数枚のデスクを同軸上に配置し、デスクの間に高速の流体を吹き付けて回転させるタイプのタービン。発明家の名を取って「テスラ・タービン」とも呼ばれている。
     羽根車を利用する一般のタービンに比べると、効率は劣るが、耐久性に優れ、メンテナンスが容易という特徴を持つ。その特徴を活かして、ロケットエンジンやヒートポンプへの応用、開発途上国での使用などが研究されている。
     この技術の逆はブレードレス・ポンプとしてすでに実用化されている。


  • ハインリッヒ・ヘルツ
    Heinrich Hertz
    1857-1894
    ドイツの物理学者


     1888年、電池と感応コイルを用いた実験装置で電磁波の検出に成功、電気が電磁波としてつたわり、その速度は有限で、光速度にひとしく、光に似た反射・屈折などの諸性質をあらわすことなどを証明した。
     ヘルツの検証実験を機に電磁波の研究がいっせいに始まった。テスラの無線研究もヘルツの実験抜きには考えられない。
     一秒当たりの振動数(周波数)の単位ヘルツ「Hz」は彼の名前にちなんでつけられた。


  • サラ・ベルナール
    Sarah Bernhardt
    1844-1923
    フランスの女優


     19世紀を代表する女優。コメディー・フランセーズを中心に活躍して、世界的な名声をえた。
     サラとテスラの間には興味深いエピソードがひとつ残されている。パリ滞在中のテスラが友人とレストランで食事をしていると、サラが彼の目の前にハンカチを落としていった。しかし科学の議論に夢中になっていたテスラはハンカチを拾って渡しただけで、その意味には全然気づかなかったという。


  • リッチモンド・ピアソン・ホブソン
    Richmond Pearson Hobson
    1870-1937
    アメリカの海軍士官、実業家


     米西戦争で決死の作戦に従事、全米を湧かせた国民的英雄。海軍少将にまでのぼったが、のち実業家に転じ、ここでも大成功を収めた。テスラは若きホブソンにセルビアの伝説的英雄を重ね、終生交友を持ち続けた。

  • チャールズ・ホール
    Charles Hall
    1863-1914
    アメリカの発明家、企業家

     1886年、アルミナと氷晶石を溶融して電気分解するアルミニウム精錬法を発明、これに基づいてピッツバーク還元会社(のちのアメリカン・アルミニウム社)を設立した。
     1896年、ナイアガラ瀑布発電所の完成により、ナイアガラ瀑布−バッファロー間22マイルの送電が開始された時、最初の顧客となったのがチャールズ・ホールだった。

  • デビッド・ボウイ
    David Bowie
    1947-
    イギリスのミュージジャン・俳優


     イギリスを代表するミュージシャン。俳優としても多くの作品に出演。クリストファー・ノーラン監督の映画『プレステージ』(2006年)でニコラ・テスラ役を演じた。

  • スタンフォード・ホワイト
    Stanford White
    1853-1906
    アメリカの建築家


     アメリカを代表する建築家のひとりで、ネオ・クラシックやロマネスク様式の公共建築物を数多く建てた。代表作に「ボストン市立図書館」などがある。テスラが無線送電の夢をかけたワーデンクリフの研究施設は、彼のデザインによる。



    ま行

    remote controlled
    無線操縦ボートの模型
    -テスラ博物館所蔵-

  • 無線操縦
    radio control
    無線によって離れた機械装置を制御する技術


     1898年、テスラはニュ−ヨークのマディソン・スクェア・ガーデンで無線操縦ボートの公開実験を行い、一大センセーションを巻き起こした。これは水槽に浮かべた模型ボートを無線機でコントロールするもので、現代の遠隔無線制御技術の先駆けとなった。  テレビのリモコンからロケットや宇宙探査機の遠隔操縦まで、われわれはいかにテスラの恩恵に浴しているかがよくわかる。

  • アン・モルガン
    Anne Morgan
    1873-1932
    アメリカの慈善家、女権拡張運動家


     テスラを支援した大投資家J・P・モルガンの三女。女権拡張運動家として著名。テスラに思いを寄せていたと見られている。

  • J・P・モルガン
    J. Pierpont Morgan
    1837-1913
    アメリカの実業家


     父の始めたJ・S・モルガン・アンド・カンパニーを継いで金融、鉄道、鉄鋼事業に携わり、アメリカ最大の財閥の一つであるモルガン財閥を築いた。
     テスラの論文を呼んで感銘を受け、無線事業(「世界システム」)に多額の資金援助を行った。だが、マルコーニが大西洋横断無線電信に成功したあとはその可能性に疑問を持つようになり、援助を打ち切った。




    や行

  • 山村昌
    Yammura Sakae
    1918-
    電気工学者


     交流モーターや超伝導現象の世界的権威。誘導機型リニアモーターの理論的研究で1958年に学士院賞を受賞、リニアモーター・カーの生みの親とされている。1982年、IEEEの〈ニコラ・テスラ賞〉を授賞した。



    ら行

  • アーネスト・ラザフォード
    Ernest Rutherford
    1871-1937
    イギリスの物理学者


     放射能による原子崩壊説、α線、β線の発見、原子の有核模型の提唱、原子崩壊実験などの業績により、原子物理学の創始者とされている。彼は若いころ、テスラに影響を受けて無線電信の実験に従事したことがある。

  • レーダー
    radar
    テスラのレーダーの予言


     テスラは1900年、「センチュリー・マガジン」誌に発表した論文で定常波を用いて移動する艦船の位置や速度を決定するレーダーの概念について言及した。また1917年には、「エレクトリカル・エクスペリメンター」誌に超高周波を用いた軍事用レーダーについて記述した。これはレーダーに関する技術的予言のうちもっとも早いもののひとつである。

  • オリバー・ロッジ
    Sir Oliver Joseph Lodge
    1851-1940
    イギリスの物理学者


     1880年代、電磁波の検出に挑み高感度のコヒーラ検波器を製作、1894年には約100メートルの無線通信実験に成功した。
     1900年、マルコーニが彼の同調原理を応用した無線装置の特許を申請。これに対抗して訴訟を起こしたが、巧妙な特許戦略に敗れた。
     物理学でも業績が多く、エーテルの存在を否定した実験は、結果的にアインシュタインの特殊相対性理論を支持するものとなった。後年は息子の戦死をきっかけに心霊主義に傾いていった。




    わ行



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